森を歩いて、香りにふれる

森に足を踏み入れた瞬間、無意識に深呼吸した。
空気がしっとりと湿り気をあげて、優しく包み込むような感覚。 土の香り、木々の匂い、風に乗ってどんどん入ってくるほのかな甘さ。 南会津の森は、香りに満ちていた。

「ここ、クロモジがたくさんありますよ」

森を案内してくれたのは、地元の「森の案内人」よっちゃん。南会津の自然とともに生きる彼らは、森の息遣いを知り尽くしているらしい。

言われるままに細い枝を折り、指でそっと葉をこすってみた。 たちまち立ちのぼる、爽やかでほんのり甘い香り。 何気なく歩いていた森が、一瞬で別の世界に変わる。

「これが、アロマになるんだ」

私はこれまで、アロマを小さな瓶の中のものとしてしか知らなかった。でも、ここでは違う。香りは、土の上に広がり、風とともに揺れ、目の前で生きている。

森を感じ、未来を植える
森を歩きながら、クロモジやニオイコブシ、杉の木に触れていく。木々の違いを教えてもらいながら、その香りの奥深さを知る。葉をこすればすっとした香り、枝を折るとほんのり甘い香り。森の案内人は、まるで森の言葉を通訳するように、それぞれの植物の物語を語ってくれる。

「クロモジは、昔から薬草としても使われています」

木々の香りには、それぞれの役割がある。ただ心地よいだけじゃない。体を整え、心癒し、人と森をつなぐ。

散策の最後に、クロモジの苗を植える体験。

「香りを楽しむだけじゃなく、ちゃんと森に還していく。それが大切なんです」

よっちゃんの言葉が、じんわりと胸に沁みる。

小さなクロモジの苗を手に取れる。 柔らかい土に穴を掘り、苗をそっと置き、穏やかな土をかぶせる。 ほんの小さな一本だけど、やがてこの森の一部になり、また誰かがその葉を手に取り、香りを感じる日が来るのかもしれない。

そう思うと、自分が今していることが、遠い未来につながるような気がした。

苗を植え終えた後、森の木々に囲まれながらお弁当を広げた。

「ここで食べると、いつものお弁当も特別な味になりますよ」

確かに、森の中で食べるごはんは格別だった。 目の前には木々の緑、耳を澄ませば風が木の葉をこする音が聞こえる。
森を感じながら、ひと口ひと口、じっくりと味わう。
普段、当たり前のように食事をしているが、こんな自然の中でゆっくり味わう時間は、別の時間が流れているよう。

食事の後は、蒸留体験のために蒸留場所へ移動。案内されたのは、南会津の香りを作っている本格的な蒸留機が置かれた施設だった。

普段は、ここで採れたクロモジやニオイコブシが蒸留され、アロマ製品になっているという。 目の前で湯気が立ちのぼり、森で採取したクロモジの香りが、ゆっくりと蒸留されていく。

一滴、また一滴と落ちる精油。

これは、自然の恵みなのだ。私たちは、ただ使うだけじゃなく、この恵みをどう守っていくか考えなければいけない。

最後に待っていたのは、香りをブレンドするワークショップ。

目の前には、南会津の森から作られたクロモジやニオイコブシをはじめ、いくつかのエッセンシャルオイルが並んでいる。自分の好きな香りを選び、少しずつ混ぜていく。

「ほんの一滴で、香りの印象が変わります」

試しに杉にクロモジを加えてみると、ふわりと甘さが増し、まるで森の朝のような清々しさが生まれた。自分の手で香りを作るなんて、初めての体験。

最後に完成した香りをスプレーして持ち帰る。シュッと吹き出すと、南会津の森の記憶がよみがえった。
都会に戻れば、アロマは小瓶の中の一滴に過ぎない。でも、その一滴には、今日歩いた森の風景や、風の音、葉をこすったときの観察、苗を植えたときの温もりが詰まっている。

南会津の森で感じた香りは、ただの香りではなかった。それは、森と生きることの意味があったのだ。

またこの森に来よう。そう思いながら、私は深く深く吸い込んでみた。

クロモジの香りが、優しく私を包み込んだ。